THIS IS IT

ayuは、マイケル・ジャクソンTHIS IS IT
観に行ったみたいだけど、どんな気持ちで居ただろう?

開始早々、涙が止まらなかったそうだけど。
時代や国が違えど、同じアーティストとして
解り過ぎるほどに、解ってしまっただろう。

マイケルと言えば、その余りある才能ゆえに
途方もない富と、名声と・・・羨望、嫉妬。

様々なイメージを塗り重ねられ。
自らの実体すら、見えなくなる程の誤解を受け。

そして、きっと。

それらの顔を否定し続けて。
自らの顔を捜し続けて居たんだろう。

本当に実体が無かったのは
無数にあるイメージ達の方だったのに。

実体の無い、化物たちが
彼の精神を蝕み、肉体を滅ぼす。

それでも、最後にマイケルがみた夢。

最後のコンサートツアー。
そこには、一体何が残されたのか?

まだ観ていない私には、何も語れないが
一つだけ言える事は、そこにはマイケルの歩んだ
人生があり、歴史が残されているって事だけ。

マイケルの生きた証。
つまりは永遠が残されて・・・。

誰もが求めてやまない。
永遠という名の奇跡。

それ故、深く暗い闇が押し寄せる。

これまでの悲しみも苦しみも痛みも。
その奇跡が報いて、救ってくれたと信じたい。

・・・きっと、ayuもその奇跡の地。
永遠の在る場所を目指して、歩いて行くんだろう。

地図も無く、人生を終えるその時まで。

マイケルの最後の姿は、
希望にみえた?それともただの傷跡だった?

ayuの様子では、前者の様だけどね。



タグ : マイケル・ジャクソン THIS IS IT

改めて、浜崎あゆみとは何なのか part4

先の日記に、ayuが全てのファンを
無条件に受け入れていると書いたが、

それは、きれい事で言っているのではなくて。
ファンに尽くす行為と、自分を救う行為が同化しているから。

7thアルバム(miss)understoodの頃から
私は、この様に感じていた。

アーティストが、自らが伝えようとする事を
聴く者が100%理解する事は、不可能である。

100人いれば、100通りの感性があるから。
他者と完全に一致する事は在りえない。

多くのアーティストは、この段階で絶望してしまう。
聴く者が「理解した」と思った時点で、「誤解」されているから。

この(miss)understoodとは、miss(彼女)は
understood(理解した)とmisunderstand(誤解した)
をかけて作ったタイトルである。

様々な誤解が、無数の浜崎あゆみを創りだす。

浜崎あゆみは、救世主であり、魔女である。
浜崎あゆみは、夢であり、絶望である。

そして、全ての想いを昇華させる
希望であり、生贄である。

見る者によって、様々に変化する顔。

でも、否定するのではなく、どれも
浜崎あゆみの顔と受け止めているのである。

多くの誤解が、悪意を生んで
浜崎あゆみを貫き、ayuを傷つけてる。

それでも浜崎あゆみで居る事を
やめる事が出来ないのは、

本当に美しいモノを、生きる喜びを
浜崎あゆみだけが、ayuに見せてくれるから。

こんなこんな汚れた世界で
あなたはただ美しいものを
拾って救ってそして私に
見せてくれる人
                〜Free&Easyより

ジャンヌ・ダルクをモチーフにした
PVとジャケット・・・彼女も、また
聖女であり、魔女である。

どちらの顔も、見る者の心を映しただけで、
本当は・・・ただの女の子だったかも知れない。

現在は、彼女の生きた歴史だけが
永遠に残されるのみである。

浜崎あゆみは、
どんな永遠を残す事が出来るだろう?


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テーマ : 今日の出来事 - ジャンル : 日記

タグ : 浜崎あゆみ

ayumi hamasaki ARENA TOUR 2009 A〜NEXT LEVEL〜

イエェ〜イ!(イェ〜イ)

イエ〜ェェイ!!(イエ〜ェェイ!)

イェイ!イェイ! (イェイ!イェイ!)

さ・い・しゅ・う・び!! (さ・い・しゅ・う・び!!)

やっぱよちおさんは、最高だな。

って事で、最終日はやっぱサイコーだ。
代々木の屋根は、吹っ飛びました。

ayuの声のコンディションも、例年に比べて
期間が空いたから、良かったし♪

ayuの声って、どうしてあんなにパワーあるんだろ?
身体ちっさいのに・・・何か厚みがあるんだよね。

オープニングのRuleがマジかっこヨス!
In the cornerもかっこヨス!鼻血出る。

Daysで大泣きされると胸が痛い。
でも、ayu美しいわ・・・。

一番サイコーなんは、やっぱローリン、スパクルでしょ。
今日はローリン歌詞間違えた!替え歌になってた!
混乱している〜ってマジに混乱してた!メダパニか?

サンライ/サンセも聴けたし。
・・・サンセットマジで泣ける。

MCも、マジちょー楽しかった。
これはDVD楽しみだな。

皆、息が合いすぎ!

スバさま、歌うま!
gdgd回避、おめでとうございます!!

ジンさんのやりたい放題のコーナー
今回、ちょー豪華だったね、お面ワロタよ。

ジン&マロの泣きのもう一回叶わず、
土下座し損もおもろかった。

あゆ&しゅっちゃ
さすが「た」公認カップル。
いつも相手役してるから
息ピッタリ!優勝おめ!!

でも、一番面白かったのは
よちお&エンリケのチーム世田谷!
世田谷サイコー!早くDVDみたい。

今回は、よちおさんの
あ〜ゆ〜ちゃん、あそびましょ〜(笑)
の一声で、最終日スペシャルのウェーブ出来たし。

やっぱジン&スバさまのコンビもいいけど。
よちおさんが、一番です!来年はまたMC復帰してね!

興奮して、何書いてるかわかんないや。

兎に角、ayuちょんおつかれ〜!!
何気に、新曲発表されてるし!!!

また忙しくなるけど、少しは
ゆっくりして、疲れを癒しておくれ。

打ち上げの後は、ピノ&パピコと
ぐっすり眠れるよね?今日は悪い夢みないよ。

サイコーのライブありがとう!!!
次は、CDLで会いましょう。



タグ : 浜崎あゆみ

改めて、浜崎あゆみとは何か part3

浜崎あゆみのライブにおける、
複数のペルソナについて、書くのを忘れてた。

現在の様に、明確に使い分けされる様になったのは
MY STORYツアーからだろう。

春夏秋冬とか、世界各国のイメージだとか。
それまでも、全体を通したテーマはあったが。

このライブのテーマは、喜怒哀楽。
その後のライブでの、基本的な演出が
このツアーで、完成したと思う。

この喜怒哀楽を、頭に入れておくと
より深く、ayuのライブを楽しむ事が出来るだろう。

ayuはライブを、ただヒット曲を並べて歌うのではなく、
一つの作品として、ストーリーを作り、起承転結を喜怒哀楽で表す。

MY STORYは、その名の通り。
ayuの半生を振り返ったアルバムである。

浜崎あゆみは、哀しみから生まれる。
オープニング・・・起承転結の起は、哀で始まる。

そして、次に繋がる部分である承は、喜び。
居場所を見つけた喜び、ステージに立つ喜び。

場面は一転、激しいロック。
悪意に晒され、自由を奪われ。
束縛するものへの反抗、怒り。

続いて、終わることの無い哀しみ。
哀しみから生まれ、また哀しみに帰る。
求めるものは、得る事が出来ない。

最後に残されてたのは、ステージ。
居場所がある事、仲間が居る事の楽しさ。
ayuのライブは、いつも前向きに終わる。

その後は、アンコールになり、そこで観客を含めて
全部が繋がり、最終的なメッセージが完成する。

どんなメッセージなのかは、
是非、観て感じて欲しいと思う。

浜崎あゆみは、ライブでの主役ではあるが
全てが、浜崎あゆみのために存在している訳ではない。

浜崎あゆみは、作品を創り上げる上での
一出演者であり、そこに自分を押し出す事は無い。

共鳴装置として働くのは。ayuが、
一出演者として、演者に徹しているからだろう。

ayuは昔、独り善がりになるのは嫌だ、と答えていた。
押し付けにならない様、一歩引く事で、多くの人の
感性が、入り込む余地を残したのだろう。

自分自身は、裏で全体を見渡して、
それぞれのペルソナを操り、全てを繋げる事で、
浜崎あゆみ自身を形作る・・・すると不思議と
ayu自身が、心に直接触れ合う様に感じるのだ。

喜怒哀楽、どれもayuの真実である。
一つの面だけを見て、決め付けないで欲しい。
人間は、表に見える部分だけが、真実ではないのだから。
そんなayuの想いが、伝わってくるようだ。

ライブに興味があって、行く人は。
ayuからのメッセージを、自分なりに感じて欲しい。

どんな風に受け取っても、ayuはそれを否定しない。
それもまた、浜崎あゆみを形作る一部だから。

改めて、浜崎あゆみとは何か? part2

もう一つのキーワード「死」

それは、ayuの人生観に由来する。
「始まりがあるモノには 終わりがある」
そういった概念は、子供の頃からあったそうだ。

そういったayuの人生観が
「死」と言うキーワードをブログ主さんに
与えたのかも知れない。

ayuの曲には、永遠や普遍のモノに対する
憧れや切望と。失う事に対する、恐怖や絶望。 
そういった相反する感情が表現されている。

明日どうなるか解らないし
だから後悔しないように生きる。
やれる事は全部やる。

そんな風に、未来を信じてないと言うか。
現在だけをみて、生きていると言うか。

結局、1stアルバムの頃から、ayuは変わっていないのだ。
一途な愛を貫く、純愛性、処女性はココから来ているのではないか?

限りある時間の中で、痛々しいまでに必死で
何かを残そうとするayuの姿は、純愛を貫く悲劇のヒロインの様に
現実感を感じさせず、実体が無いように見えるのかも知れない。

でも最近、ayuは少し変わったと思う。
それは、無条件にファンを受け入れていること。

誤解を恐れなくなったと言ってたけど。
普通のアーティストなら、解って貰えないと思った時点で
そのファンを切り捨てるだろう。もしくは、商業的に走るか。

でも、ayuは批判も受け入れてしまうのだ。
その結果、ayuの歌詞は、よりストレートな表現になり。

現在、何が必要で、何が伝えたいのかを
より解りやすい形で表現する様になった。

それは、ファンの中でも賛否両論で
歌詞が安っぽいと感じる人も居るだろう。

そんな人には、一つのフレーズに
気を取られないで、全体で感じて欲しいと思う。
最近のayuの歌う姿は、人間味に溢れ、優しさに満ちている。

何故、ayuがその表現に至ったのか?
ayuが歩んできた道を思い返して欲しい。

ayuがファンに向けて、本当の信頼を寄せている。

自分に正直であろうとする姿に、現代を生きる
人たちに最も必要なモノを私はみた。

相手に傷つけられたから、傷つけるんじゃなくて。
相手に信じてもらえないから、自分も信じないんじゃなくて。

自分は、傷つけたくないから。
自分は、信じていたいから。

自分自身が、どう在りたいか。
と言う行動原理で動く事。

最新アルバムのNEXT LEVELとは、
常に今の自分を表してるそうだけど。

ayuはアルバムを出すごとに
人生を積み重ねて来た。

それは、今回も同じで、特別ではない。
今現在の、偽りのない姿が綴られている。

ayuにとって、今はあまり良い時期とは
言えないかもしれない。けど、それが今のayuで。
良い時も悪い時も、ayuである事に変わりない。

良い時だけが、人生ではないのだから。
ファンにとって、これ程教訓を与えてくれる
アーティストは、きっと居ないだろう。

様々な誤解が解け、何時の日か
ayuのメッセージがもっと多くの人に
届く事を祈っている。

最後に、この記事を書くきっかけを
くれたブログ主さんに感謝したい。

ライブを初見で、あそこまで
分析出来るのは、本当に凄い。

私の文章は、あくまでファン目線で
公平なモノではないので、とても参考になりました。
ファンでなくても、伝わる人には伝わるのだと。
とても心強く、そして嬉しく思いました。


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